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オニヒトデ:海の中の見えない壁と進化の不思議
さて、ここに一枚の世界地図がある。
右手に太平洋、左手にインド洋。その中央に位置するインドネシア・フィリピン付近といえば陸上ではウォレス線が生物分布をはっきりと隔てているが、海洋においてはインドネシアを中心とした多島複雑海域を潜り抜けるような海流により二つの海は繋がっている。

地図で見れば太平洋はインド洋よりもいささか大きく、広いように感じる。
ここで、最終氷河期のころ、約一万年前のオニヒトデになってみる。このころ、海水面は今よりもうんと低くてオーストラリアの北のほとんどは陸地となって中国大陸とくっついていた。つまりはインド洋と太平洋は陸地によってかなり分断されていた。(ちなみにこの場所は、ホットスポットと呼ばれ、今や生き物の多様性が一番大きいところであり、多くの生物の起源はここにあるかもしれないという説もある名実ともにホットな場所だ。)
海の生き物はしばしば幼少の頃、目に見えるか見えないかの大きさのプランクトンとして海をただよう。そんな幼少のプランクトンだったとする。オニヒトデの幼生期間の長さは、水温・塩分・餌などいろいろな環境要因に左右されるが、ひとまず2週間くらいから最長で6,7週間生きながらえる(文献1)ので、そのくらいの期間をめどに、何世代にもわたって、オニヒトデプランクトン生活を体験してみよう。せっかくなので、太平洋とインド洋を体験するために、出発地点は仮にインドネシアの東太平洋側と西インド洋側とする。


ガストルーラ幼生 ビピンナリア幼生初期


ビピンナリア幼生後期 ブラキオラリア幼生後期
するとどうだろう。
太平洋よりせまいはずのインド洋では果てしなく「遠く、広く」感じるのだ。流れ流れて運ばれてもなかなか次のサンゴ礁にたどりつかない。運が悪いと息たえてしまう。めったなことではインドネシア西側からアフリカ東側までたどりつけない。
ようやくついた紅海、そしてようやくついた東アフリカ大陸周辺。でもそれもたまたま運が良かったものが生き延びるだけで、孤立されてしまう。
逆に太平洋はというと、次々と安息の場所が見つかる。次のサンゴ礁まで結構近い。そうしていつの間にか太平洋いっぱいに広がることができる。特に北半球のフィリピン沖からは黒潮という高速道路まで通っているため、フィリピン周辺から台湾、沖縄、和歌山県南端、さらには三宅島周辺まで、運とタイミングさえあれば1世代でたどり着くことだって夢ではないのだ(文献2)。
南半球へは、といえば、北赤道海流や南赤道海流。これらはちょっと弱い。
けれど、ひとたびオーストラリア北東部にたどりつけばそこは広大なグレートバリアリーフ。さらに、そこには東オーストラリア海流という準高速道路がやはり走っており、グレートバリアリーフ南端まであっというまに広がることができてしまう。
太平洋の場合、ハワイからアメリカ西岸まではちょっと遠く、なかなか辿り着けない。せっかく辿り着けても、他の集団とは孤立しがちな傾向がある。そのためか、アメリカ西海岸のオニヒトデは棘が少し短く、太平洋の他の場所と見た目がちょっと違っている。
この太平洋とインド洋の違いはどこにあるんだろう?おそらく当時の海流の強さと、プランクトンがたどり着いてホッと一息出来るサンゴ礁の島の少なさか。
最近の論文によると、インド洋太平洋で一種類と思われていたオニヒトデは、遺伝子レベルでみると実は四種類だったことがわかった。 そして、四種類のうち三種類はなんとインド洋。太平洋はあんなに広いのに一種類にまとまる。 インド洋の三種類はというとアフリカ東側、紅海、インドネシアやタイの西側でそれぞれ一種類ずつにわかれている(文献3)。
遺伝子で分かれるということは、生殖隔離が長い間起こっていたということ。
その果てに種分化がある。 インド洋には見えない壁があるのだ。
もともとひとつの祖先が、「広くて遠い」インド洋では隔離されて別種になったのか。
海の生き物にとっての空間と人間が地図でみる空間はかなり違うんだと実感。
サンゴの海を愛する人たちから忌み嫌われているオニヒトデ。しばしばその大量発生が、サンゴへの脅威として
話題を呼ぶ。けれど、この生き物の進化と生態は未だ神秘的で魅惑に満ちている。
なにより、地球上でもっとも大量発生し、サンゴ礁を脅かしているのが私たち人間であることを忘れてはいけない。
文・写真:安田仁奈
文献2:Yasuda N, Nagai S, Hamaguchi M, Okaji K, Gérard K, Nadaoka K (2009) Gene flow of Acanthaster planci (L.) in relation to ocean currents revealed by microsatellite analysis. Molecular Ecology, In Press.
文献3:Vogler C, Benzie JAH, Lessios H, Barber P, Wörheide G (2008) A threat to coral reefs multiplied? Four species of crown-of-thorns starfish. Biology Letters, 4, 696–699.
オイシイ泡瀬干潟
旧暦3月3日の浜下り。沖縄県沖縄市泡瀬地先に広がる泡瀬干潟は、普段から貝や海藻採りにやってくるおばぁ・おじぃに加えて、多くの家族連れでにぎわう。最近では潮干狩りガイドブックなども出ているそうで、泡瀬は有名な潮干狩りスポットとなりつつあるようだ。
実際、泡瀬では食用として10種類以上(もっとあるかも?)の貝類が採られてきた。しかし、普段から干潟に来て貝を採っている人々は、手当たり次第に何でも採っているわけではない。貝採り歴が長そうなみなさんに一日の成果を見せてもらうと、ほとんどが2〜3種に限定されていて、大きさも見事に揃って大粒のものばかりだ。
どうして小さいものを採らないかというと、理由は簡単。資源が枯渇してしまうから。日常的に来ている人は、様々な意味で採った貝を生活の糧にしているわけで、ここで貝が採れなくなってしまうと自分自身も困るのだ。
採る種類が決まっているのにも理由がある。採る人の好みの問題もあるけれど、実は場所によっても採れる種類は違ってくるのだ。例えば県総合運動公園前の干潟では、おなじみの潮干狩りスタイルが見られる。しゃがみこんで草取り用のヘラのようなものを使い、潟表面の礫や砂を薄く剥ぎ取るようにして一心に貝を探す。この方法で採れるのは地元でキーブヤーと呼ばれるアラスジケマンやホソスジイナミなど。なかにはリュウキュウマスオだけをねらう人もいる。
一方、米軍の通信施設のすぐ南側でそのようにして貝を採る人はほとんどいない。とりわけ海草場では皆無である。ここに貝を採りに来ている人たちはみな、海草場には食用になる貝が多いことを知っているし、熊手のようなものを使えばたくさん採れることも知っている。でも、そうしない。なぜか。
海草は芝生のように地下茎でつながっている。その地下茎は互いに網の目のように立体的に絡みあっている。そうすることで流動しやすい砂地の海底に生えていられるのだ。もし貝を採るために熊手でこの根を断ち切ってしまえば、いま生えている海草は枯れ、おそらく何年も回復しないだろう。
ようするに、熊手を使えばその日はたくさんの貝が採れるが、そのあとは当分貝が採れなくなってしまうことを、人々は知っているのだ。
では、海草場ではどうやって採っているかというと、普通の潮干狩りと違って潮がすっかり引く前が勝負。立ったままの姿勢で長い突き棒を使い、干潟の表面を突っついて歩く。近くを突っつかれた貝は驚いて潮を吹く。そこをめがけて掘るわけだ。これなら海草の根を傷つける心配はない。上手な人は、潮の吹き出し方で貝の種類や大きさを見分ける。技術を必要とするが、海に寄り添い、海と共に生きてきた人々の智慧がそこにはある。この突き棒方式は礫干潟でも使えるので、上述のキーブヤーを採ったり、海草場でリュウキュウザルガイを採る人もいる。そのほか、少し沖に出て腰まで水に浸かりながらリュウキュウサルボオ*をねらう人もいる。
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海草とサンゴの混生域。突き棒で貝を採る。 リュウキュウサルボオとホソスジヒバリ
キーブヤーはなんといっても潮汁や味噌汁が最高だ。リュウキュウマスオは猛烈に砂を噛んでいるので、茹でて剥き身にしてから水洗いする。そんなことをすると味が抜けてしまいそうだが、さにあらず。炒め物や油味噌に使うとあじくーたー(濃厚な味)で実においしい。リュウキュウサルボオは刺身が絶品。殻ごと炭火焼きにして、じんわりと火が通ったところで風味付けに醤油を一滴、なんていうのもオツ。このあたりではムール貝と呼ばれているホソスジヒバリは酒蒸しやトマトスープがオススメ。パスタの具にもあう。
どの貝にも言えることは、サイズの小さいのは可食部が極めて少ないうえ、殻から身をはずすのもかなり面倒。小さいのは来年・再来年を期待して、見つけた時点ですぐ放すようにしている。
ところで、潮干狩りガイドブックにはハボウキ(二枚貝の一種)がおいしいと書かれているのか(?)、最近泡瀬では大量の殻がうち捨ててあるのをよく目にする。しかし、ハボウキはシガテラ中毒を起しやすいので採らないことをオススメしたい。(詳しくはウィキベディア「シガテラ」の項参照のこと)。海草場にどっしりと根を下ろす、大樹のようなハボウキ。どうかそっと見守って欲しい。
たくさん採っても比較的環境負荷が少ないのは、再生力抜群のアーサやモズクなど海藻類。海に通い慣れたおばぁたちは、それでも根こそぎ採ったりはせずに、一部を摘みとるように採集している。必須アイテムはザルや目の粗い洗濯ネット。摘んだ海藻をどんどん入れて、帰る間際に潮だまりでザルやネットごとざぶざぶ洗えば、たいていの砂や微小貝などは落ちてしまう。これも暮らしの智慧なのだ。ところでこの海藻たち、死んだサンゴや貝殻を礎に生えてくる。「死んだ生きものだって命の環の中に必要なのだ」ということを目で見て理解できる、生きた教材だ。
夏が過ぎると、これまた独特の方法でテナガダコ(ウデナガカクレダコ)を釣る人々が現れる。
膝まで海水に浸かり、カウボーイの投げ縄の要領で長い紐の先に取りつけた仕掛けの部分をポーンと投げ、紐を一定の速さで引っ張ると、仕掛けのイモガイに興味をひかれたタコがついてくるのだ。
名人によると、タコが逃げ込みやすい穴を避けつつ、タコの興味を引きつけたまま紐をたぐり寄せるのがコツだそうだ。しかし考えてみればこの釣りの方法も、誰がいつ頃見つけたものなのか(あるいはどこか遠い国から伝わったものなのか)、実に不思議だ。ともあれこのタコ釣り、仕掛けを商っている釣具屋もあるそうなので、この秋は泡瀬の海でタコとの知恵比べを楽しんでみてはいかが?
ところが当の泡瀬干潟では埋立工事が着々と進んでいる。それに伴い、環境は悪化の一途をたどり、生物たちも激減している。このまま工事が止まらなければ、海の恵みをいただきつつも命の環を断ち切ることなく次の世代に引き継いできた先人たちの智慧や文化も、確実に失われるであろう。
たくさんの人々の命を支えてきた海の生きものたちと、その命のつながりを大切にしてきた海に寄り添う暮らし、それらすべてを失ってまで手に入れたいものとは、いったい何なのか。
文・写真:水間八重
※ブログでも干潟のことを書いています↓
こあらいふ 潟(ガタ)ログ
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泡瀬干潟〜沖縄最大の干潟〜 アルバム
いるため「猿頬」と命名されたと言われる。本文ではこの由来にちなみリュウキュウサルボオと表記した。

