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論文紹介:急激な気候変動と海洋酸性化がサンゴ礁に与える影響(総説)

2007年2月、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書が膨大な量の観測データや研究論文などを基にまとめられました。今回ご紹介する最新の知見に基づいた総説(Hoegh-Guldberg et al. (2007) )は、IPCC報告書で予測された二酸化炭素の増加に伴う地球温暖化と海洋の酸性化が、サンゴやサンゴ礁生態系に与える影響を中心に取り上げて警鐘を鳴らしています。


図の解説:1700年から1990年代までに起こった、人間活動に伴う二酸化炭素増加による海の酸性化(pHの低下)。Gruber et al. (1996). Glob. Biogeochem Cycles 10:809-837

最初に「現存する海洋生物の殆どが進化してきた過去42万年間の値を著しく越えて、2050〜2100年までの期間中に大気中の二酸化炭素濃度が500ppm以上となり、全地球平均温度が少なくとも2℃上昇する事が予測されている。」とあるように、現在のペースでは、今後海洋酸性化が進むことが予測されています。なぜ海洋酸性化がサンゴに影響を与えるのか?筆者らは「大気中に排出された二酸化炭素(CO2)の約25%が海に吸収され、海水に溶けた二酸化炭素が水(H2O)と反応して重炭酸イオン(HCO3-)となり、この時できた水素イオン(H+)がサンゴなどの生物が炭酸カルシウム(CaCO3)骨格を作る際に必要となる炭酸イオン(CO32-)と反応してしまいさらに重炭酸イオン(HCO3-)となる事で、結果的に生物が利用可能な炭酸イオンが海水中から減ってしまうから。」と説明しています。その結果としてサンゴの骨格形成速度が遅くなってしまうことに加えて、生物による削り取りや台風による破壊と相まって、生物由来の地形維持が難しくなることを挙げています。筆者らが「造礁サンゴが骨格形成速度の減少に対して幾つかの生物的な対応を見せる可能性があるが、どれもが全てサンゴ礁生態系にとって悪い影響を及ぼすだけである。」と指摘しているように、海洋酸性化はサンゴ、またはサンゴ礁生態系に悪影響を及ぼす可能性が高いことが懸念されています。加えて著者らは、サンゴ以外への直接的影響の例として酸性化の影響を受けやすい骨格を持つサンゴモが減少する可能性が高いとし、サンゴモがサンゴ幼生の着底・変態に関る生物であることから、間接的にサンゴにも影響が及ぶとしています。

人為的な影響による二酸化炭素増加の問題で重要なのは、その急激な変化に生物の適応がついてこれるかどうかが未知数である点で、「実は、現在の値だけが重要なわけではなく、起こる変化のスピードに対して、生物や生態系が新しい状況に対応できるかどうかが非常に重要なのである。特記すべきは、過去100年間で見られた気温や二酸化炭素濃度の変化が、過去42万年間に見られたあらゆる変化の速度に比べて100〜1000倍以上の速度で起こっている点である。」と言っており、「近年および将来的に予測されている変化は、地球上に棲む生物相が劇的に変化してしまった氷河期と間氷期の間に見られた変化さえも小さいものに思えてしまうほど急激であり、現存する生物群の殆どが持っている対応力を超えてしまうであろう。」と、現在の急速な変化の影響がこの論文でも危惧されています。

海洋酸性化に伴う生態系のダイナミックな変化、他のストレスとの相乗的な影響についても危惧されています。近年の大規模白化現象、病気の蔓延や過剰な漁業利用に見られる被害の規模や頻度の増加は、サンゴの成長力・競争力の低下と相まって、サンゴ礁生態系をサンゴから藻類が優占する状態へ移行させています。「もし行き過ぎた撹乱が起これば、生態系はある『境界点』を越えてしまい、それ自身が回復性と安定性を持った大型藻類が繁茂する生態系などの別の状態に一気に移行してしまう。一度移行し、安定化してしまうと、サンゴが優占する元の状態に戻れる可能性は著しく低い。」と筆者らは述べています。シュミレーションモデルによる研究結果からも、「海洋酸性化によってサンゴの成長速度が20%低下(既に報告例があるレベル)した場合は、サンゴ礁生態系の撹乱から回復する能力が現在よりも著しく低下してしまう。また、一時的な撹乱からの回復にはブダイなどによる頻繁な藻類除去(かじり取りなど)が必要不可欠となる」と、その可能性が非常に高い事が指摘されています。さらにブダイなどが著しく減少すればサンゴ群集の回復が一向に進まない状態となり、生物群集の主役が大型藻類に取って代わられるといった可能性も指摘されています。

筆者らは、先に挙げたIPCC(気候変動に関する国際パネル)第4次報告書で提示された3つの二酸化炭素濃度の増加シナリオを考慮に入れた、サンゴ礁で今後起こりうる段階的な異常事態とその状況が及ぼす危険性について述べています。
<シナリオ1>:現在の380ppmを越えない二酸化炭素濃度が維持された場合、サンゴ礁生態系は少しずつ変化しながらも現在の分布域で現状に近い状態で安定可能としています。しかし、その状態が維持されるためには、(気候変動と直接的に関連しない)地域的な要素である土砂流入、栄養塩過多、毒性物質や病原体の流入、過剰な漁獲の抑制・減少が必要不可欠であると主張しています。
<シナリオ2>:現在の二酸化炭素濃度に加えて一定の上昇(毎年1ppm以上増加)が今後続ければ、「450ppmに達した辺りからサンゴ礁の侵食が生成の速度を上回りはじめ、サンゴ礁におけるサンゴ密度と多様性が低下し、サンゴ礁魚類や無脊椎動物が間接的に影響を受ける。」としています。また、サンゴ礁形成の速度低下だけでなく、構造がもろくなる事に起因する侵食速度の増加、海水位の上昇や台風の強大化などが合わさって「これまでサンゴ礁が維持してきた沿岸保護機能が失われるであろう」としています。そのため、「人、インフラストラクチャーもさることながら、サンゴ礁池に加えて、マングローブ、海草帯や湿地帯を含む汽水域の生態系がさらに強力化する波や嵐の影響に対して脆弱になる。」と予測を立てています。砂浜もまた海水位の上昇による侵食の危機に瀕することも指摘されています。
<シナリオ3>:大気中の二酸化炭素濃度が500ppm以上になってしまうと、半数以上のサンゴに関連する生物類が希少化するか絶滅してしまうことが予想されています。加えて、筆者らは「温暖化に伴う気候変動が沿岸域へ与える副次的影響として、頻発化が予測されている干ばつや記録的降雨がさらに栄養塩と土砂を沿岸サンゴ礁域に運ぶことから、水質悪化が加速度的に進行する。」といった過程を危惧しています。また、海水位の急激な上昇(2100年までに+23〜51cm)と、サンゴの成長率低下とが合わさって、水位上昇にサンゴとそれらが形成するサンゴ礁が追いつくことが出来なくなってしまう、「溺れた」サンゴ礁が出現することが考えられています。「この状態では、人間の生活を文字通り支えてきたサンゴ礁の機能までもがほぼ失われてしまう。」と指摘しています。

筆者らは、大気システムが元来持っている(一度大きな変化が始まると直ちには停止できない)慣性的な気候変動の仕組みと、我々の二酸化炭素排出削減への緩慢な取り組みの現状を鑑みて、「サンゴ礁の保全や沿岸資源の保護についての具体的政策は、サンゴ礁が今後数十年間に回避できない地球規模で進むストレスの影響を乗り越えられるように、水質悪化や沿岸汚染、過剰漁獲などの地域的な悪影響を取り除く事にまず取り組むべきである。」と主張しています。最後に筆者らは、「低レベルの二酸化炭素排出シナリオを基にした我々の分析結果が、サンゴ礁に対する深刻または壊滅的な影響を既に予見している事を考えると落ち着いてはいられない。」とハッキリと述べています。「IPCCによって示された温暖化と環境変動に関する予測自体が、科学者からの控えめな意見とIPCC会議内での統一意見を形成するための保守的な過程から作成されたことを考慮すると、更に高い二酸化炭素濃度(600〜1000ppm)や3〜6℃の温暖化を含んだ温暖化ガス排出シナリオなどについては今後の選択肢としてありえないものである」と指摘したうえで、「二酸化炭素濃度が将来500ppmを超えてしまうような二酸化炭素の排出計画・政策は、サンゴ礁に直接依存して生きる数千万人の命を危険に晒す事になる」と筆者らは主張しています。

本総説でも筆者らが指摘しているように、世界規模での温暖化対策・計画はもちろん、そこで生活する人がよりサンゴ礁生態系について関心を持ち、それぞれの地域が抱える特有の問題を理解し、解決していくことが必要です。2008年は「国際サンゴ礁年」であり、多くの人がサンゴ礁に対する理解を深められるように、様々な活動が計画されています。この活動が一年で終わるものではなく、今後継続して何十年も続く活動に繋がる事が望まれています。

参考論文

O. Hoegh-Guldberg et al. (2007) Coral Reefs Under Rapid Climate Change and Ocean Acidification. Science 318 (5857): 1737-1742

執筆者:沖縄リーフチェック研究会編集グループ