ホーム > サンゴ礁話題いろいろ > 2本足で歩くタコ〜泡瀬干潟のンヌジグワァの話〜
2本足で歩くタコ〜泡瀬干潟のンヌジグワァの話〜
2007.11.23(金) 掲載
「8本足のタコが2本足で歩く?!」
こんなセンセーショナルな(?)論文がアメリカの科学誌Scienceに発表されたのは2005年のことです。日本でも話題となり、ニュースなどでも取り上げられました。タコが2本の足(厳密には腕)でトコトコと海底を歩く、滑稽でなんとなく可愛らしい姿をテレビでご覧になった方も多いのではないでしょうか。この論文の中では2種類のタコが取り上げられています。著者であるHuffard博士は、この映像をインドネシアで撮影していますが、このうちの一種、学名Abdopus aculeatus、和名ウデナガカクレダコは、実は沖縄ではとても身近にいるタコであることは案外知られていません。
ウデナガカクレダコ(写真1)は、熱帯の西太平洋海域に広く分布しているタコで、主に砂泥の干潟に生息しています。沖縄ではこれまでアナダコOctopus oliveriという種類と混同されてきましたが、最近の研究で琉球列島に生息しているのはA. aculeatusであることがわかり、「ウデナガカクレダコ」という和名が新たにつけられました。ウデナガカクレダコは沖縄本島ではンヌジグワァ、八重山地方ではウムズナーやムンチャーと呼ばれ、古くから沖縄の人々に親しまれてきたタコです。食用として市場に出回ることはなく、地元の人々が「干潟での遊び」として採集し家庭で消費されています。
沖縄本島の中部、泡瀬の干潟では、毎年秋になると多くの人がンヌジグワァ捕りを楽しんでいます。ンヌジグワァ捕りには、釣り糸にイモガイを等間隔でくくりつけたンヌジベントと呼ばれる仕掛けを使います(写真2)。これを投げ縄のようにして投げ、手繰り寄せたときにイモガイを追いかけてくるタコを捕るのです。この方法は平安座島が発祥で、古くから海中道路脇に広がる干潟で主に使われてきました。
一見とても簡単そうですが、ンヌジグワァ捕りは案外難しい!タコがついてきた、と思ったら忍者のようにササッと隠れてしまってどこに行ったかわからない・・。タコを見つける「目」とさっと手を伸ばす反射神経が要求されるため、慣れない人がやってもさっぱり捕れません。しかし、慣れてくると「タコとの駆け引き」を楽しむことができるのです。
ンヌジグワァは売り物ではありません。ですから採集する人々に「多く採れたらお金が儲かる」といった生活や経済に直結するような意識はありません。人々はただただ、タコとの真剣勝負に没頭します。そして漁を終えた後に、仲間と一緒に獲物のサイズやどこの場所が良いのかといったンヌジグワァ捕りの話題に盛り上がるのです。
ンヌジグワァ(ウデナガカクレダコ)の生物学的な研究はこれまでほとんど進んできませんでした。Huffard博士の研究は分類学的研究以外で謎に満ちた彼らの生態に迫った初の研究であり、それと同時に動物行動学の分野に新しい知見をもたらしました。今後、餌の情報や生息密度などについて研究が進むと、干潟生態系における彼らの役割が明確になり、生態学的にも新たな発見が期待できるでしょう。一方で、沖縄におけるンヌジグワァとヒトとの間には、人間の社会や経済の都合に左右されない純粋な生き物同士の関係を見ることができます。ンヌジグワァ捕りが海辺という身近な自然と人間の共存という普遍的なテーマを象徴しているともいえます。このことは民俗学的な研究の中で指摘されてきましたが、今後環境保護や保全生物学といった立場からも注目すべきことだと思います。
2本足で歩くタコ。科学的に注目を集めたこの動物が沖縄の干潟で古くから人々の「友」であったことを知る人はほとんどいません。しかし、この小さな干潟の住人は様々な角度から干潟の重要性と可能性を見せてくれているように思えます。
一日の中で海にも陸にもなる干潟という環境は、海と陸とがはっきりと区別できない曖昧な場所です。時にその曖昧さは無意味に思えることもあり、開発の対象となるのでしょう。しかし、そんな場所だからこそ存在できる人と自然との関係、そして新しい発見。そんなことを泡瀬干潟のンヌジグワァは教えてくれているのかもしれません。
参考文献
Huffard, C. L., Boneka, F., and Full, R. J. (2005) Underwater Bipedal Locomotion by Octopuses in Disguise. Science Vol. 307., no. 5717, p. 1927.
佐治靖 (2006) 開発と自然、そしてマイナー・サブシステンス — 浅瀬の海のタコ漁を事例に— Biostory vol.5 pp. 98-130
金子奈都美・窪寺恒己(2007) マダコ科カクレダコ属(新称)Abdopusの2種、カクレダコ(新称)A. abaculus (Norman and Sweeney, 1997) とウデナガカクレダコ(新称) A. aculeatus (d’Orbigny, 1834) の日本からの初記録. タクサ, 22, pp. 38-43
執筆者:金子奈都美
2本足で歩くタコ〜泡瀬干潟のンヌジグワァの話〜
「8本足のタコが2本足で歩く?!」
こんなセンセーショナルな(?)論文がアメリカの科学誌Scienceに発表されたのは2005年のことです。日本でも話題となり、ニュースなどでも取り上げられました。タコが2本の足(厳密には腕)でトコトコと海底を歩く、滑稽でなんとなく可愛らしい姿をテレビでご覧になった方も多いのではないでしょうか。この論文の中では2種類のタコが取り上げられています。著者であるHuffard博士は、この映像をインドネシアで撮影していますが、このうちの一種、学名Abdopus aculeatus、和名ウデナガカクレダコは、実は沖縄ではとても身近にいるタコであることは案外知られていません。
ウデナガカクレダコ(写真1)は、熱帯の西太平洋海域に広く分布しているタコで、主に砂泥の干潟に生息しています。沖縄ではこれまでアナダコOctopus oliveriという種類と混同されてきましたが、最近の研究で琉球列島に生息しているのはA. aculeatusであることがわかり、「ウデナガカクレダコ」という和名が新たにつけられました。ウデナガカクレダコは沖縄本島ではンヌジグワァ、八重山地方ではウムズナーやムンチャーと呼ばれ、古くから沖縄の人々に親しまれてきたタコです。食用として市場に出回ることはなく、地元の人々が「干潟での遊び」として採集し家庭で消費されています。
沖縄本島の中部、泡瀬の干潟では、毎年秋になると多くの人がンヌジグワァ捕りを楽しんでいます。ンヌジグワァ捕りには、釣り糸にイモガイを等間隔でくくりつけたンヌジベントと呼ばれる仕掛けを使います(写真2)。これを投げ縄のようにして投げ、手繰り寄せたときにイモガイを追いかけてくるタコを捕るのです。この方法は平安座島が発祥で、古くから海中道路脇に広がる干潟で主に使われてきました。
一見とても簡単そうですが、ンヌジグワァ捕りは案外難しい!タコがついてきた、と思ったら忍者のようにササッと隠れてしまってどこに行ったかわからない・・。タコを見つける「目」とさっと手を伸ばす反射神経が要求されるため、慣れない人がやってもさっぱり捕れません。しかし、慣れてくると「タコとの駆け引き」を楽しむことができるのです。
ンヌジグワァは売り物ではありません。ですから採集する人々に「多く採れたらお金が儲かる」といった生活や経済に直結するような意識はありません。人々はただただ、タコとの真剣勝負に没頭します。そして漁を終えた後に、仲間と一緒に獲物のサイズやどこの場所が良いのかといったンヌジグワァ捕りの話題に盛り上がるのです。
ンヌジグワァ(ウデナガカクレダコ)の生物学的な研究はこれまでほとんど進んできませんでした。Huffard博士の研究は分類学的研究以外で謎に満ちた彼らの生態に迫った初の研究であり、それと同時に動物行動学の分野に新しい知見をもたらしました。今後、餌の情報や生息密度などについて研究が進むと、干潟生態系における彼らの役割が明確になり、生態学的にも新たな発見が期待できるでしょう。一方で、沖縄におけるンヌジグワァとヒトとの間には、人間の社会や経済の都合に左右されない純粋な生き物同士の関係を見ることができます。ンヌジグワァ捕りが海辺という身近な自然と人間の共存という普遍的なテーマを象徴しているともいえます。このことは民俗学的な研究の中で指摘されてきましたが、今後環境保護や保全生物学といった立場からも注目すべきことだと思います。
2本足で歩くタコ。科学的に注目を集めたこの動物が沖縄の干潟で古くから人々の「友」であったことを知る人はほとんどいません。しかし、この小さな干潟の住人は様々な角度から干潟の重要性と可能性を見せてくれているように思えます。
一日の中で海にも陸にもなる干潟という環境は、海と陸とがはっきりと区別できない曖昧な場所です。時にその曖昧さは無意味に思えることもあり、開発の対象となるのでしょう。しかし、そんな場所だからこそ存在できる人と自然との関係、そして新しい発見。そんなことを泡瀬干潟のンヌジグワァは教えてくれているのかもしれません。
参考文献
佐治靖 (2006) 開発と自然、そしてマイナー・サブシステンス — 浅瀬の海のタコ漁を事例に— Biostory vol.5 pp. 98-130
金子奈都美・窪寺恒己(2007) マダコ科カクレダコ属(新称)Abdopusの2種、カクレダコ(新称)A. abaculus (Norman and Sweeney, 1997) とウデナガカクレダコ(新称) A. aculeatus (d’Orbigny, 1834) の日本からの初記録. タクサ, 22, pp. 38-43
執筆者:金子奈都美


