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透明な海と造礁サンゴの関係

サンゴ礁の海について最も強いイメージの一つはその透明度の良さではないでしょうか。一般的に、海水の透明度の高さは海水中に含まれる微粒子や微細なプランクトンの密度によって決まります。その中でも植物プランクトン(いわゆる海の一次生産者と呼ばれる生き物)は、殆ど全ての生物にとって究極のエネルギー源である太陽光の光エネルギーを、生物が利用可能な状態である化学エネルギーに変換する「光合成」をおこなっており、海洋生態系には欠かせない存在です。


図1 透明度の高いサンゴ礁の海
(左:西表島・まるまビーチ、右:渡嘉敷島・阿波連ビーチ)

透明度の高いサンゴ礁の海では、個々の植物プランクトンによる光合成はある程度活発におこなわれているのですが、実際のプランクトンの数自体は少ないまま維持されています。その理由は、熱帯域の海水中に含まれる、植物プランクトンの増殖に必要な「栄養塩」と呼ばれる窒素や燐の量が少ないためです。そのため透明度を左右する、海水中の植物プランクトン量は比較的少なく保たれており、それを食べる動物プランクトンの量も抑えられています。その結果海水の透明度が維持されているわけです。

栄養塩が少ない主要な原因として、熱帯海洋域特有の海水の挙動が挙げられます。熱帯の海では強い日射によって表層の水が温められ、その下に存在する深層水との温度差が大きくなるため、二つの水塊同士が混ざりにくくなります(風呂釜に冷たい水を溜めて、ゆっくりお湯を足してから混ぜずに入浴すると実際に体感できます)。二つの水塊が混ざらない状態では、生物が増えるために必要な、特に海の深い層に豊富に存在している栄養塩類を海面近くに運ぶ垂直の流れが生じにくくなります。このため、光合成がおこなわれる熱帯海洋域の表層では貧栄養塩の状態が保たれ、プランクトン量が年間を通して低く保たれています(Lalli & Parsons, 1993)。サンゴ礁の海独特の透明度の高さは熱帯域特有の海水の挙動によって保たれている貧栄養な水質によって維持されてきたわけです。

では、なぜ造礁サンゴはこのような栄養に乏しい環境でも活発にサンゴ礁を形成するほどの生物活動ができているのでしょうか?実は、サンゴの体内には共生藻と呼ばれる光合成をおこなう植物プランクトンの仲間が大量に棲み付いています。サンゴと共生藻の間には相利共生(お互いに利する)関係が存在しています。造礁サンゴは体内の共生藻がおこなう光合成産物のおこぼれを利用して、成長や生殖に必要なエネルギーの殆どを賄うことが出来ます。一方で、サンゴの体内にいる共生藻は宿主であるサンゴが排出するアンモニアなどの有機窒素などをそのまま利用して、栄養塩が少ないサンゴ礁の海でも安定した光合成と増殖をおこなうことができるのです。サンゴ礁形成に大きく寄与するユニークな動物(サンゴ)と植物(共生藻)の関係は、熱帯海洋域特有の貧栄養な状態、特に硝酸、亜硝酸、アンモニアなどの窒素含量が少ない条件でも効率よく、安定した光合成をおこなうのに適しているわけです(山里,1991)。低栄養塩の環境でも活発にサンゴ群体が成長していける理由は、このような貧栄養環境に適応した生活方式(光合成藻類との共生)にあるといえます。


図2 光を浴びて成長するミドリイシサンゴ(竹富島 北岸)


図3 ショウガサンゴポリプ
左:共生藻を持ったポリプ
右:共生藻を失いつつあるポリプ;サンゴ虫自体は透明な体を持っていることが分かる。

では、数百万年かけて貧栄養な環境に適応した生活方式を獲得してきた造礁サンゴ類にとって、近年の開発に伴うサンゴ礁海域での燐酸・硝酸・亜硝酸・アンモニウム塩などの増大は一体どのような影響を及ぼすのでしょうか?

これら栄養塩は共生藻の増殖能力や光合成色素の産生にも密接に関係しています。栄養塩の過剰供給は、共生藻の密度や、葉緑素などの光合成色素の増減を伴う光合成機能への影響だけでなく、同時に宿主であるサンゴ虫の代謝にも影響していることが考えられています。特に、高濃度の栄養塩によってサンゴ群体の成長が阻害されるなどの現象が報告されています(中野、2002)。しかしながら、現在でもそのストレスの生理学的メカニズムについての詳細は分っておらず、今後更なる研究が求められているのが現状です。サンゴの種によって白化の被害の違いが報告されています(Loyaら、2001; Baird & Marshall 2002)。おそらく栄養塩ストレスに対する耐性にも種間での違いがあり、富栄養な環境で生き残れるものとそうでないものがいることが示唆されます。間接的な影響では、栄養塩の増加による大型藻類の繁茂が促進される点が挙げられます。造礁サンゴ類にとって、成長速度が著しく速い大型藻類の繁茂は脅威です。水質が富栄養化した環境ではサンゴは大型藻類との競争に敗れ、繁茂する大型藻類の隙間で十分な光を受けられないまま死ぬ運命を待つことになります。さらに、一度藻類が繁茂した状態から、もとのサンゴが一面を覆い尽くすような状態に戻ることが非常に困難である事が近年示唆されています(Bellwoodら、2004)。

現在、栄養塩とともに問題となっているのは、農業一般で使われている除草剤などに含まれる成分です。その中には雑草を弱らせるために光合成に関する重要なタンパク質を破壊し、エネルギー伝達を阻害することで雑草の機能低下を狙ったものがあります。このような農薬はその対象である雑草だけでなく、サンゴに共生している共生藻での機能不全を起こす原因となることが明らかになっています。例えば、大雨と共にサンゴ礁海域に大量に流入した場合、わずかな濃度であってもサンゴ共生藻の光合成能が低下してしまい、結果として強光・高水温時期にみられるサンゴ白化を促進させる事が示唆されています(Jonesら、2003)。

近年、造礁サンゴと環境負荷との関わりが温暖化・エルニーニョ現象などに代表される地球環境の急激な変化とともに白化という形で表面化したことで、サンゴ礁域の環境悪化とサンゴ礁生態系の衰退が注目を集めるようになりました。実際に全地球規模で起こる環境異常を抑える事は難しいかもしれません。しかしながら、地球規模での問題に直面している今こそ、各地域(海域)での人為的な被害を最小限に抑える事と同時に、サンゴ礁生態系の回復を妨げないような工夫(少しでも余計な環境負荷をかけない、または存在している環境負荷を低減する努力)が必要と考えます。

参考文献
:Bellwood, D.R., Hughes, T.P., Folke, C., Nystrom, M. (2004) Confronting the coral reef crisis. Nature 429: 827-833.
:Baird, A.H., Marshall, P.A. (2002) Mortality, growth and reproduction in scleractinian corals following bleaching on the Great Barrier Reef. Marine Ecology Progress Series 237: 133-141.
:Jones, R.J., Muller, J., Haynes, D., Schreiber, U. (2003) Effects of herbicides diuron and atrazine on corals of the Great Barrier Reef, Australia. Marine Ecology Progress Series 251: 153-167.
:Loya, Y., Sakai, K., Yamazato, K., Nakano, Y., Sambali, H., van Woesik, R. (2001) Coral bleaching: the winners and the losers. Ecology Letters 4: 122-131.
:中野義勝(2002)日本におけるサンゴ礁研究I.中森亨(編),造礁サンゴの環境負荷への生理生態的反応に関わる研究の概要.pp.43-50. 日本サンゴ礁学会, 東京
:西平守孝・酒井一彦・佐野光彦・土屋誠・向井宏(1995)サンゴ礁—生物がつくった<生物の楽園>:共生の生態学5.pp.232, 平凡社, 東京
:Lalli, C.M., Parsons, T.R. (1993) 第3章:植物プランクトンと一次生産,海洋生物学入門、長沼毅(訳), pp.28-51. 講談社サイエンティフィク,東京
:山里清 (1991) サンゴの生物学 p.150, 東京大学出版会, 東京

執筆者:中村崇