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分子から見たサンゴ礁の生き物の交流

サンゴ礁域に生息する多くの海洋生物は、浮遊幼生を通じて長い距離を移動することができます。この浮遊幼生を通じて地域間でどの程度交流があるのかを明らかにすることは、生物集団の維持機構の解明につながるため、サンゴ礁の保全も視野に入れて多くの研究が行われてきました。

浮遊幼生を通じた交流関係を明らかにするために、標識ブイを用いた方法などがこれまで行なわれてきましたが(例えば灘岡ら 2002)、実際にどの程度交流があるのかを知るのは非常に困難でした。しかしタンパク質やDNAの多型情報を基にした分子マーカーを利用し、生物集団の地域間での遺伝的な類似性を調べることで、どの程度交流が行なわれているのかを明らかにすることが可能です。

例えばサンゴの天敵として有名なオニヒトデ(写真1)は、1個体から1000万のオーダーで直径約0.2mmの卵を放出し、幼生は数週間(2~6週間)の浮遊期間を有するので、かなり高い多産性と分散能力を持つ生物であると考えられます。西田ら(1988)は、このオニヒトデを太平洋全体(GBR、日本、ミクロネシア、アメリカ沿岸など)のサンプルを用いて、タンパク質多型を利用して遺伝的交流の度合いを調べました、その結果、オニヒトデ集団の遺伝的組成が相互に大変似通っていることが示され、よってオニヒトデにおいては、1万km以上離れた集団間でも、交流が生じていることが伺われました。


写真1:サンゴを食するオニヒトデ(www.reefcheck.orgより)

サンゴ礁を形作る造礁サンゴ(写真2)もまた、浮遊幼生を介して長距離分散することが可能です。Ayreら(2004)はオーストラリアのグレートバリアリーフのサンゴ複数種を用いて、タンパク質多型により遺伝的交流の度合いを調べました、その結果、交流の度合いが種によって異なることが分かりました。これは浮遊幼生と言っても種毎で分散能力にいろいろ違いがあることを示唆しています。またグレートバリアリーフ内(2000km程度)でのサンゴの遺伝的分化の大きさ(遺伝的分化の指標であるFstは0.08程度)は、上記の太平洋全体のオニヒトデのそれと(Fstは0.07程度)大きな違いはなく、オニヒトデの交流の大きさが分かります。


写真2:大度海岸に見られる様々なサンゴ

沖縄においては西川ら(2003)によるサンゴ複数種を用いたタンパク質多型の研究が行なわれています。西川らの結果では、健全なサンゴ群集が維持されている慶良間諸島が、沖縄本島への主要な幼生供給源になっている可能性が示され、慶良間諸島のサンゴ礁を重点的に保全することの重要性が指摘されています。

上で述べたように、分子マーカーを用いることで、海洋生物の地域間での交流関係を明らかにすることが可能です。しかしこれまでメインで使われてきたタンパク質多型分析では、その多型の低さゆえ限界があり、まだ十分なデータは得られていないのが現状です。今後DNAを用いた高精度なマーカーを用いることで、より明確な地域間での交流関係が明らかになることが期待されます。

地域間での交流関係が詳細に明らかになることは、造礁サンゴにおいては、幼生の主要な供給源を突き止め、サンゴの保全に重要な選定区を設置することに、またオニヒトデにおいては、大量発生と密接に関連している幼生の動態の解明につながるでしょう。

参考文献
:Ayre DJ, Hughes TP (2004) Climate change, genotypic diversity and gene flow in reef-building corals. Ecology Letters 7:273-278
:灘岡和夫、波利井佐紀、三井順、田村仁、花田岳、Enrico Paringit、二瓶泰雄、藤井智史、佐藤健治、松岡健志、鹿熊信一郎、池間健晴、岩尾研二、高橋孝昭 (2002) 小型漂流ブイ観測および幼生定着実験によるリーフ間広域サンゴ幼生供給過程の解明。海岸工学論文集 49:366-370
:Nishida M, Lucas JS (1988) Genetic differences between geographic populations of the Crown-of thorns starfish throughout the Pacific region. Mar Biol 98: 359-368
:Nishikawa A, Katoh M, Sakai K (2003) Larval settlement rates and gene flow of broadcast-spawning (Acropora tenuis) and planula-brooding (Stylophora pistillata) corals. Mar Ecol Prog Ser 256:87-97

執筆者:井口亮